コメダ珈琲でダラダラと過ごす幸せを噛みしめる。

今日も郡山にいる。郡山のコメダ珈琲にいる。目の前には彼女が座っていて、この後は彼女の家に帰って焼肉らしい。朝起きて彼女のお母さんが作ったチャーハン、キムチ、焼き魚、たくあんを食べて、クレヨンしんちゃんのアニメを少しばかり見て、その後はそれなりによろしくやって、昼寝をしていた。その後は雪が降る中、不要不急の外出をすることにして、僕たちは梅ロードに行き、そして今コメダ珈琲にいるのだ。今日の夜ご飯は彼女の家で焼肉らしい。だからシロノワールもカツパンも頼むことなくコーヒーとサラダバケットだけを頼んだ。やっぱり喫茶店はコメダが落ち着く。昨日は、ドリンクチケットがあったからというのと、彼女がスタバ派だからというのがあってスタバに行ったけれど、今日はコメダだ。スタバはなんか語学の勉強ばっかりしてるやつばっかで意識の高さがなんだか滅入ってしまうし、ルノアールは情報商材やがうじゃうじゃはびこってそうだし、(ルノアールでの打ち合わせほど落ち着かないものはない)、ドトールとベローチェは安いけど居心地があんまり良くないように感じる。中学生の頃から地元である流山おおたかの森のコメダ珈琲に通って定期テストの勉強をしていた。高校生になっても受験勉強をするために毎週日曜日はコメダに通っていた僕は、おおたかの森では常連認定を多分されていた。(名物おじいちゃんがいてなぜかケーキ屋どら焼きをサービスしてもらったことがある)

大学生になってもコメダにはよく通った。中国語の勉強をすることもあれば、ダラダラと日記を書くときもあれば、好きな小説を読むこともあった。一時期は遊戯王のアプリ(デュエルリンクスだったよね?)にはまっていて、家でやればいいのにわざわざコメダ珈琲に行って、コメダのwifiにつなげてゲームをやった。

なんでコメダがこんなにも好きなのか。珈琲は正直高いし、wifiも他の喫茶店の方がいいことが多いような気もする。

カツパンはチェーンの喫茶店とは思えないほどボリュームがあって、シロノワールもとんでもなく美味しい。でもそんなのは別にどうだってよくて、カツパンがなくても、シロノワールがなくても、僕はコメダ珈琲に通い続けるだろう。

もう答えはわかっていて、「中学生から通い続けてきたから」これだけなのだろう。中学生、高校生の時、図書館で勉強すればいいものを無理矢理にでも通ったコメダ珈琲に僕は通い続けなければいけないという義務感がある。

高三の時に一つ下の彼女と『君の名は』をみる前にもコメダに行ったし、大学2年の頃一人旅の途中で名古屋に行った時には一号店に行ったし、大学を休学してからもコメダ珈琲でよく作業をした。

おそらく誰にでもこういう場所は存在するのだろう。僕にとってはそれが松屋とコメダなのだ。松屋を好きになったのも実家のすぐ近くにあったのが松屋であっただけというのもあるし、コメダもおおたかの森にあったからというだけだ。そんなもんだ。

僕は変わり続けている。ずっと変わり続けている。高校生の頃の自分と今の自分では180度違うだろう。僕はまさかAVに出るような人間になるとは夢にも思わなかったし、大学で勉強をぼちぼちやって、それなりに就活して、それなりに恋人を作って、それなりに結婚をする人生を送るとばかり僕は思っていた。高校生の頃、東大を目指していた自分に「お前、大学入ってAVに出ることになるよ」と言ったら絶対に発狂する。

つまり僕が言いたいのは、「人は変わる」という単純な事実だ。変わろうとすれば変わることもできるし、変わろうとしてなくてもどんどん人は変わっていく。変わらないことなんてありえないし、iphoneだってどんどんアップデートしていくんだから、僕らは変わっていくに決まっている。変わることを恐れちゃいけないし、変わっていくから人生は鮮やかになっていく。自分の意思であろうとなかろうととにかく人は変わっていく。「あいつ変わったよね」とネガティブに言われることがよくある。言われたことがある人も多いだろう。それでいいのだ。変わらないわけなどないのだから。

僕の大好きな人に総合格闘家の青木真也さんという人がいる。

https://www.youtube.com/watch?v=Q5qk-MoL648

さっきコメダで編集者の箕輪さんが青木さんについて語っている映像をみた。僕が青木さんと知り合ったのは去年の9月のことで、それから仲良くさせていただいているのだが、確かに『空気を読んではいけない』で知っていた青木真也の姿とは確かに全然違う。友達はいらないと言い張りい、他人とご飯など行かずに、とにかく一人で淡々と生きている印象だった本の中の青木真也。青木さんの今は友達がたくさんいるし、まだ知り合ってそんなに長くもない僕のことを気にかけてくれる人だし、「俺たちはファミリーだ」といつも言っている。『空気を読んではいけない』からは想像ができない青木真也がいる。だけど、それがリアルだし、その変遷に僕はすごく魅力を感じる。

もちろん「絶対に譲れない自分のシン」は誰でも持っていると思う。だけど、それは本当に譲れないものなのか。自分の内なる声に正直に生きているのか。もしその声に背いて生きているのなら、今すぐその欲望に忠実になるべきだと思う。

そうでないと勝手にストレスが溜まっていくし、虚像の自分に嫌気がさしてくる。

だから、変わっていいのだ。どんどん変わっていけばいいのだ。心の声に正直に生きればいいのだ。

僕はこれからも変わり続けることをやめないし、意識しなくても勝手に変わり続けていくだろう。だから「あいつ変わっちゃったよね」だなんて声は無視するし、それこそ空気を読まずに僕はずっと生きていきたいと、今、変わることのないコメダ珈琲で強く思っている。いいからいけよ、いけばわかるさ。さて焼肉を食べに帰ろう。

ピース。