武道家にはもう行かないことに決めた

多くの早稲田生に愛される唯一無二のラーメン屋、武道家
早稲田生なら一度は食べたことがあると思う。開店から閉店までいつも混んでいて、昼時は毎日行列が店の前にできる。

そんな武道家だが、僕はもう今後一切食べないことに決めた。その理由を今日は硬め濃いめ多めで書いていきたい。

僕は大学一年生の時武道家をこよなく愛していた。
そもそも大学に入る前までは家系ラーメンと呼ばれるものをほとんど食べたことがなかった。
早稲田に入って、武道家の存在を知り、初めてお店に入った時僕は衝撃を受けた。

「せっっっえええぇぇぇぇい!!!」

なんか叫んでいる。よくわかんないけど、叫んでいる。

そして、「お待たせ致しましたたたたああああぁあぁぁあ!」と高らかに叫ばれて目の前に硬め濃いめ多めのラーメンが置かれた。

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そして初めて食べたとき僕は衝撃を受けた。
「こんな美味いものがこの世にあるのか」

当時のTwitterにはこんなふうに呟いていた。
「武道家行ったからこれでやっと本物の早稲田生になれました♡」(2017年4月26日)

 

それから僕は週一くらいのペースで武道家に通った。

なんと言っても終日お代わりし放題のご飯に、スープを絡めて食べるのが本当に美味しかった。

「家系ラーメンは風邪に効く」と聞いてからはますます足繁く通った。

風邪に効く→身体にいいというこの頭が硬め濃いめ多めの論理を僕は愛した。

大学2年になって、中文に入って、はじめて一緒に食べたラーメンは「メルシー」だった。

彼らはどうやら武道家が嫌いなようだった。
彼らはマジョリティーを嫌う社会不適合者で、早稲田生みんなから愛されている「武道家」を煙たがっていたのだ。
まあメルシーも愛されていると思うが。

僕は6月からダイエットをはじめたこともあって、武道家を口にすることはなくなった。
あれだけ通っていたのに、行かなくなってしまった。

先週インフルエンザにかかって、何を食べても美味しいと感じられなくなっていた僕は、武道家を求めた。
そして火曜日、友人を誘って武道家を食べに行った。

久しぶりに
「せっっっえええぇぇぇぇい!!!」を聞いた。懐かしかった。
しかし、そのとき妙な違和感を感じた。

というのは、大学一年生の頃に聞いてた「せっっっえええぇぇぇぇい!!!」はもっと熱があったような気がするのだ。
それに比べて今の「せっっっえええぇぇぇぇい!!!」はどこか誠意が欠けているように聞こえた。せーいの誠意。

そして昔のように硬め濃いめ多めのラーメンを頼み、ご飯を装ってラーメンを待っていた。

そしてラーメンがきて食べてみると、まずかった。

おいおい、硬め濃いめ多めまずめのラーメン頼んでねえぞ。
家系ラーメンは一口目はいつもめちゃくちゃうまくかんじる。
その一口目すら全く美味しいと感じられなかった。いわんや、二口目以降をや。

隣の友人もどうやら美味しくなさそうに食べている。昔はご飯を3杯装って食べたが、1杯食べただけでもう食べられなかった。
スープをかければいくらでも食べられたはずだが、そのスープがどうも気持ち悪いくらいに濃いのだ。その濃さがどうしても受け入れられなかった。

味に関しては病み上がりだったからだと思いたい。

しかし1番なんだかなあと思ってしまったのは、店員通しの会話だ。

客に聞こえる声でベラベラ噂話を喋っている。

僕も飲食店でバイトをしていて、よく店員同士で喋るので、そこに関しては全く何も思わない。

ただ、店員同士がどの子が可愛いだとかそんなことばかり喋っている。

最近武道家は内輪のノリが加速しているように見える。そのノリがひたすらに寒いのだ。

 

なんとか食べ切ってお店を出て太陽と感想戦をすると、やはり彼も武道家をもう食べたくはないらしい。

僕は高田馬場まで歩く間ずっと武道家のことを考えてきた。

すると柔め薄め少なめの僕の頭が閃いてしまった。

「武道家って中文じゃね?」

何言ってんだ、お前、馬鹿じゃねえのと思ったそこの君、まあ聞いてくれ。

つまりだ
道家は早稲田で9年連続わせ飯ランキングでトップを走り続けている。
そして中文もついこないだまで文学部のヒエラルキーのトップに君臨し、そして禁酒会においても中文の権力は強かった。

しかしだ、中文は大声で虚勢を張っていたことが、生専の人間に暴かれてしまった。

中文は口では大きなことを言うけれど、その実態が伴っていなかったのだ。いや、最初は伴っていたのかもしれない。しかし、権力をもった人間は絶対に堕落する。

そこに僕は武道家と中文の類似性をみたのだ。
まだ武道家はトップを走り続けているが、あの「せっっっえええぇぇぇぇい!!!」では武道家が早稲田界隈から姿を消すのは時間の問題だろう。

今の「せっっっえええぇぇぇぇい!!!」は義務感から放たれている。昔の「せっっっえええぇぇぇぇい!!!」は心の底からの「せっっっえええぇぇぇぇい!!!」だった。

またいつか本物の「せっっっえええぇぇぇぇい!!!」が鳴り響いたとき、僕はまたあの硬め濃いめ多めのラーメンを啜るかもしれない。